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チュニス旧市街とカルタゴ遺跡群へ

一通りモロッコをたらいまわしで観光し終わって
おまけとしてチュニジアに1泊だけ途中降機してきました。
今回の目的はチュニス観光よりもカルタゴ観光でした♪
それは私が隠れ古代ローマファンだからです!?
学生時代読んだ塩野七生著の『ローマ人の物語』、
特に2巻目の【ハンニバル戦記】が当時若い時分のお気に入り書籍でした。
半日だけでしたがカルタゴの大地に立ててとても幸せでした。。。
モロッコからチュニジアへ
TU712便・チュニス行きマラケシュから電車でカサブランカの空港に向かいました。直通はなく、一度カサ・ヴォワイヤジュール駅で降りてからエアポート快速に乗り継ぎましたが電車が1時間ほど遅延して無駄な冷や汗をかかされました・・・早めにマラケシュを出発して本当によかったです!
カサブランカからチュニスまではチュニスエアーを利用したのですが、カタール航空に比べて残念な航空会社でした。。。
まず搭乗客のマナーが悪い悪い・・・また飛行機機材も古くもちろん個人モニターもなく、2時間半の搭乗時間は苦痛でしかありませんでした。。。
でもまあ無事何事もなくチュニスに到着できたんでよかったです。
チュニスのお宿
立地が旧市街から近くて便利チュニスでのお宿は『エル・ハナ・インターナショナル』で予約手配は事前に日本にてアップルワールドで行いました。
このホテルを選んだ理由は立地の良さでした。旧市街から歩いて3分ほどの場所だったので時間のなかったチュニジア滞在ではとても便利でした!
部屋はまあ普通のビジネスホテル並みで可もなく不可もなく、朝食は残念ながらイマイチでした。。。ただテレビがあり久々に欧州サッカーが見る事が出来たのはよかったかな?ひたすらレアルマドリードの試合が放映されていました。
お宿から旧市街へ
お宿のベランダからの風景早朝夜明け前後に朝食をとってから旧市街観光に出発しました。まだ人があまりいなかったので朝の散策は気持ちよかったです。
メインストリートの『ハビブ・ブルギバ通り』はまるでパリのシャンゼリゼ通りでした!まあフランスの保護領時に新市街は建設されたので当然といえば当然ですが、ここまで雰囲気が似てるとは。。。これがいわゆる【フレンチ・チュニス】なんだなぁと思いました。
コロニアル風の建物群を西に向かうとフランス門が見えてきました。
パリ凱旋門とは違う重厚さでしたこのビクトワール広場にあるフランス門がチュニス旧市街の入口となります。ここから街の風景はがらりと変化します。
かつてはこのフランス門から城壁が延びていて旧市街の外周を囲っていたとの事ですが現在は全ての城壁が撤去されていてこの門だけが残っています。
この門に周りにはお洒落なオープンカフェがいくつもあって、アラブと西洋がうまく交わってるなぁと思いました。
チュニス旧市街
朝日が照らされて綺麗でしたフランス門から旧市街のメインストリート『ジャマー・エズ・ジトゥナ通り』を通ってグランド・モスクに向かいました。
早朝だったため、メディナ内のお店はもちろんまだオープンしてなく静寂の中歩きました。石畳が心地よくたまにいる犬と猫の写真を撮りながら進みました。
お店のシャッターがすべて水色でとても綺麗でしたが、日中は金物細工や土産物などの売買が活気良く行われているようでした。
尊厳さが漂っていました500メートルほど歩くとグランド・モスクに到着します。このモスクは【オリーブの木のモスク】というカワイイ別名があるらしいです。
7世紀末に建設が始まり完成したのが150年後の9世紀半ばで、チュニジアでケロアンに次いで2番目に古いモスクとの事でした。
散策をしていると礼拝がちょうど終わったのか、大人数の男性が一気にモスクから出てきてちょっとビビりました。。。アザーンをのんびり聞いていたのにいつの間にか礼拝が終わってたのね・・・驚いたなぁーー
チュニスからカルタゴへ
アラブの春の名残でしょうか?旧市街散策をしたあと、早々に荷物をまとめてホテルをチェックアウト。チュニジア観光のメイン・カルタゴに向かう事にしました。
TGMという電車で向かう事も安価で可能なのですが、なるべく観光に時間を当てたかったのでタクシーで向かいました。物価で考えるとチュニジアのタクシーは格安で、無理に路面電車や市バスを利用するより良いと思いました。
ちなみに画像は大通りのど真ん中にいた装甲車と軍ジープで、路面電車を撮るふりして撮影しました。やはりアラブの春の影響なのでしょうか。。。
ピュルサの丘
ポエニ人の生活が見えてきます特に渋滞もなくスイスイとカルタゴに到着しました。では観光した順番に記載していきます。カルタゴに入ってからはすべて徒歩で各遺跡を回りました。
まずは『ピュルサの丘』。遺跡のオープン前に到着してしまい少々待ちぼうけしました。。。開門と同時に遺跡内へ。
「ス、スゴい!歴史本の世界だ~~!!」
興奮しながら見学・撮影をしました。まだ関門直後だったので観光客は私一人でウハウハしながら観光させてもらいました。
ルイ9世像だと思われます。。。ピュルサの丘は古代ポエニ時代からカルタゴの中心があった場所で、その後のローマ時代になっても重要拠点だったところです。
遺跡内にはルイ9世に捧げられたサン・ルイ教会やカルタゴ博物館が併設されており、なにげに見所が多い施設でした。
30分くらいふらふら観光・散策しているとフランス人団体客がいらっしゃったので、避難するようにカルタゴ博物館へ向かいました。
カルタゴ博物館
思いのほか、見所満載でした~白亜の美しい建物で、もともとは1890年に建設されたアフリカの宣教会を改築して博物館にしたとの事でした。
カルタゴ周辺から出土されたポエニ時代やローマ時代のものが1階・2階部分に所狭しと展示されていて、思っていた以上に充実した博物館でした。
いろんな展示物があったのですが中でも『地球の○○方』でも掲載されていた哺乳瓶は可愛らしかったです。2000年前にもこんなものがあったんだ~と不思議な感覚に襲われました。
ローマ劇場
頑張っててっぺんまで登りましたピュルサの丘から20分ほど徒歩で、途中地元のハイスクール横を通って学生さんを眺めながら次の目的地、ローマ劇場に到着しました。
修復された遺跡なのでイタリアにあるローマ劇場よりも綺麗になっていて、古代では1万人くらい収容したとの事です。
現在でも夏のフェスティバルでこのローマ劇場は使用されているようで演劇・映画・演奏会が行われているようです。
ローマ人の住居
綿密に都市設計された街との事ローマ劇場から10分ほど歩くとローマ人の住居と呼ばれるローマ時代の居住地跡の遺跡があります。遺跡までの道には閑静な住宅街があるのですが途中でポルトガル大使館があったのは驚きました。
ここローマ人の住居はまだまだ修復の最中なのですが大規模な都市だったことがわかるくらい広大な遺跡でした。
1800年前にはここでローマ人が多数暮らしていたんだなぁと思いながら、観光客は私以外誰もいなかったのでニヤニヤしながら散策していました~
アントニヌスの共同浴場
当時の社交場だったようですカルタゴ遺跡観光のハイライトで、欧州人の団体観光客がめちゃくちゃ訪れていました。さっき廻ったローマ劇場や居住跡には誰もいなかったのになぁと思いながら散策開始しました。
この広大な共同浴場は五賢帝の1人、アントニヌス・ピウスが2世紀に建設された建物で当時は2階建てだったとの事です。
観光しやすく修復されていてこれはユネスコの協力で復元されたようです。
古代カルタゴの港
何もない小さな港となっていますアントニヌスの浴場跡から閑静な海岸沿いの住宅街を20分ほど歩くと突然大きな池のような水面が視界に入ってきました。
これが古代にはローマより一時は繁栄したカルタゴ港でした。北側は220隻の船が係留できた軍港で南側は倉庫街があった商業港だったとの事です。
今では漁師さんらが船を係留して何もないのどかな内湾となっていました。
まさしく【盛者必衰】を感じる事が出来る場所でした。。。
以上のカルタゴ遺跡群は1979年に世界遺産リストに登録されています。

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